それぞれの文化、それぞれの常識があるわけで

就職活動支援を20年以上やってきまして、ほんとにたくさんの”常識があることを思い知らされました。私は神奈川県で生まれ育ちましたが、同じ県内でも微妙に方言があったり、地域ごとの文化が存在します。なお、出身が神奈川であることを書きましたが、生まれも育ちも横浜市です。

あえて神奈川と書くのは、「横浜の人に出身を尋ねると『横浜』って言うの感じ悪いよね」と言われることに対する予防線以外の何者でもありません。

この時点で、すでに文化の違いが現れています。横浜の人間は、出身を聞かれると「横浜」と答えますが、それ以外の地域の方は「神奈川」と答えるのです。(かなり丸めた表現をしているのと、私のように予防線を張るタイプの例外もあり、どのくらいの比率なのかまでは未調査です)

神奈川の人間は「県民意識が希薄」という話をよく耳にしますが、良く言えば観光名所が県内各所に散らばっているので、地元には愛着があるようですが、他の地域に関して地元愛で語る人はあまり見かけません。(過去のエピソードとして愛着がある場合は別ですが、それは県内じゃなくてもいいわけで)

 

過保護な親が増えて、面倒な仕事が増えました

今から10年ほど前の短大勤務時代の話です。定員200人(40人×5学科)の小さな短大でしたが、2割ほど減って300名程度の卒業式が行われます。最初の頃はほとんど保護者はいませんでしたが、年々保護者席が増えてきて、最後の方は保護者席の方が多い状態でした。

保護者席の増加と同じタイミングで増えてきたのが、保護者からのクレーム対応です。2005年頃の保護者は40代後半〜50代前半という方が多く、バブル期のイメージが残っていたみたいで、「上場企業じゃなきゃ許さん!」みたいな話は何度かありました。

正直、「そんなに上記業にこだわるなら、自分のコネで入社させたらいいじゃん」て思いましたね。(もちろん、口にはしませんよ)

この時期から、保護者会(という名の授業参観&相談会)をやったり、クレームが出る前に情報提供していこうという風向きになりました。私自身、親でもあるわけで、子供が失敗しないようにと願う気持ちはよくわかりますし、実際のところ結構過干渉なんじゃないかと思う節もあるわけです。

 

米国でも「就活の面接に親子で参加」が増加しているようです

2017年9月15日の ZUU onlineの記事によると、幼少期から自立を教えられているはずのアメリカでさえ、親の関与が問題になっているとのこと。

成人した子どもの職探しに関する調査で、米国の親の4割が「子どもの代理で会社に問い合わせする」、3割が「子どものために応募する」、「子どもと一緒に面接を受ける」も1割弱という結果が報告された。

近年米国では、「親が成人した子どもに関与し過ぎる」傾向が強まっているという。

出展 : ZUU online -ミシガン州大学調査-

 

日本の場合、過干渉というよりも「親が決めた答えが正解である」という押し付けが根底にあるように感じます。学校教育では、先生の教えたことを暗記して解答用紙に転記できると点数が良くなるわけです。

親の過干渉と学校教育のコンボが続くと、子どもたちは「どうせ親が正解を教えてくれる」と依存するようになり、自ら答えを導き出すことを放棄し始めます。そういう私は、ただ覚えるだけの勉強はとても嫌いでしたが、問題を解決することは好きだったみたいで、なんとか社会に居場所を持てています。

※本記事では、普段の関わりで使う表現をそのまま使用したため、関わり方により「親」と「保護者」が同じ意味で混在しています

 

言っても分からないんだから、見守れってことですよ

今の学生(20歳前後)にとって、スマホがあるのは当たり前なわけで、固定電話が当たり前の高校時代を過ごしていた保護者の常識ははっきり言って通用しません。固定電話が当たり前の時代で、家族がいれば居留守使えた時代を過ごした人にとって、携帯電話なんだから出るのは当たり前って考えちゃうのがおかしいのと一緒。

親の言うことをきかなかった(らしい)私なんて、就職してからさんざん恥かきまくって社会勉強させていただきました。優しい諸先輩方から、静かに諭されて初めて「やらかした!」ってことに気づくわけで、そこから滝のような汗をかきまくるわけです。顔から火が出る思いなんて数え切れません。

 

うちの子なんて、いくら言っても長期休暇中は自宅wifiでネットゲームから離れられないわけで、黒電話の線を洗面所まで引っ張って彼女と電話していた時代に青春を過ごした親に何を言われても理解不能なんですよ。そりゃ、ちゃんとやることはやってほしいけど、親が言えば言うほど感覚は鈍ってしまうので、親以外の大人と接する機会は作るけど、あとは自分で決めてくれって感じです。(と、割り切れないからもどかしいのが現実)

ハッキリ言ってネトゲとついったはあまりにも多くの体力を使います。1時間ネトゲをするのが限界で、2~3時間ネトゲをすると疲労のあまり起きていることができません。ついったは眺めつつ独白していればいいのですが、リプがついたりするとネトゲと同じ感じです。

出展 : メンヘラ.JP -ひきこもりライフの凌ぎ方-

「メンヘラはネトゲやるのも疲れる」という話がめちゃくちゃわかる。ネトゲ廃人やれるの健康なひとだけですよマジで

出展 : Twitter -わかり手-

まぁ、これだけネトゲやってるということで、恐らくうちの子はメンヘラじゃないってことが分かり安心しました。ひきこもりになる素質は充分備わっていると思いますが、それはまた別の話ということで。